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Vision

生産と消費をつなぐ事で、
生産者・消費者・そして地球の​皆にとって“うまい”未来を作ります。

本当の「うまい」とは何でしょう?

私たちAgrlienメンバーは、死ぬまで毎日「うまい」ものを食べていたい!というのが共通の欲求でした。そして、子供世代、孫世代になっても「うまい」ものが溢れかえっている世の中であってほしいと願っていました。そこで今までで一番うまかったものを発表していったときに、ふと「うまい」って何だろう?と考え始めました。

日常生活において、大体の消費者は食事の見た目やにおい、味などから「うまい」と判断するのではないかと思います。当たり前のように自宅の食卓には食事が並び、レストランに行けばメニューの名前を発しさえすれば当たり前のように料理が出てきます。そして自分の好みとマッチしたものに対して「うまい」「うめー」「おいしい」等と感情表現をするわけです。

確かに、それは「うまい」です。しかし、もっと「うまい」ものを見つけてしまいました。

生産者にとって「うまい」

例えば、ある千葉県のきくらげ農家を訪問した時です。 日中はもちろん、農家さんの手伝いです。夏場の炎天下の中、きくらげの水やりだけでなく、畑の草取りで農家さんと一緒に話し、笑い、気合いを入れ合いながらも大汗を流して仕事に精を出しました。

そして夜になると皆でビールを片手に語り合うわけです。農家さんの経営の話から奥様との出会いの話まで「リアル」を知り、ビールが進む中で、いよいよつまみが欲しい。

​ そこで出てきたものこそ、きくらげの刺身と炒め物でした。 このきくらげは人生で一番うまかった。 思わず「なんだこれ!」と叫んでしまいました。

この時「うまい」と思った理由は大きく2つあります。

​一つは、単純にきくらげ自体によるものです。 普段スーパーで見る乾燥きくらげは、元に戻しても薄く小さく軽い歯ごたえのもので、それが普通の姿だと思っていました。 しかし、このきくらげは明らかに違う。 新鮮さに分厚さ、重厚感のある歯ごたえ、そして刺身で食べて感じるほのかな甘み。 これらのギャップが「うまい」を生み出していました。

続いて二つ目は、きくらげや農家さんの裏側を知ったことです。 目の前の逸品が出るまでに、どれだけの汗を流してきたのか。苦汁をなめてきたのか。どんな喜びがあったのか。どんな想いで作ってきたのか。 それらが複合的かつ相乗的に絡み合い、その想いの塊がより一層「うまい」を深めたのです。

これらの理由で「うまい」を叫んだわけですが、その時の農家さんの嬉しそうな顔は忘れられません。農家さんも「今日は格別にうまい」と言っていました。

生産者も消費者も「うまい」

このように、生産と消費の距離が近づくことで、食のさらに深い価値を知ることができます。それは、生産側にとって「うまい」ことですし、消費側にとっても「うまい」話です。

目の前に食があることは当たり前のことではない。そのバックグラウンドを知り、その価値を実感した時にこそ「うまい」と言いたい。当初はこれが本当の「うまい」だと思っていました。

地球にとって「うまい」

今の思考状態だと、農家さんが世の中の食を生み出す神になっていました。 要するに、食は農家さんの努力によって無限に生み出すことができるという“前提条件”を無意識のうちに持っていたのです。

もちろん食は有限です。では、なぜ有限なのか。 それは農作物を生み出し育てているのは土だったからです。 奇跡的にも地球に存在する大地の恵みを利用して、農作物を育て、実った部分を食べていることは、言われれば当たり前だと思うかもしれません。 しかし、食事の時、食材を購入する時、自分自身で考えたことはあるのでしょうか?

​ 恥ずかしながら、Agrlienメンバーは無意識のうちに、この考えを排除していました。 子供世代・孫世代でも「うまい」ものが溢れかえっている世の中とか言っている一方で、持続可能な農業という観点を忘れていたのです。 ショックを受けたAgrlienメンバーは、「うまい」の定義にもう一つ加えました。 それが、地球にとって「うまい」という概念です。

「うまい」の三位一体

よって、Agrlienは、 地球にとって「うまい」、生産側にとって「うまい」、そして消費側にとっても「うまい」。 そのような“食”のこと。 これを本当の「うまい」と定義します。

この考え方を広めていき、「うまい」ものが溢れかえっている未来を作りたい。 そう思って東京大学大学院生7人で立ち上げた団体がAgrlienです。 そして、このような未来の種を蒔く人々のことを、私たちは“Agrlien”と呼んでいます。 私たちがAgrlienです。 どうぞよろしくお願いします。